BIG4 M&Aアドバイザリーファーム(FAS)のフィナンシャルアドバイザリー(FA)部門やバリュエーション部門に未経験で入社した場合、ファイナンス実務に慣れるという趣旨で評価関連の監査業務をタスクとして渡されることがあります。当該監査業務は会計目的バリュエーションに分類され、バリュエーション部門に所属すると毎年一定数関与することになると認識しています。監査業務は監査法人から依頼されるのですが、評価周りのことについては監査人だけでの検証が厳しいということで専門家(FAS)にまわってくる業務となります。
さて、私もBIG4 FAS入社時はM&Aド素人でしたので、例に漏れず最初は監査業務にどっぷり浸かることとなりました。が、M&Aも素人ながら監査も素人だった私は、何をどうすれば良いのか分からず途方に暮れると同時に、厳しく熱い指導をくださる先輩や上司にこの監査業務の中でこてんぱんにされました。笑 それはそれで良い経験かつ勉強になったので良かったのですが、今になって思えば業務の全体像を把握していればもう少しマシだったかもなと考えたりもします。というわけで今回は、BIG4 FASにおける監査業務のプロセスをお伝えをし、業務の中で役立てていただきたいという想いでこの記事を書いてみました。
FASで手掛ける監査業務
FASで拾う評価周りの監査業務のスコープは意外と広く、全業務に対応できるようになるとバリュエーターとしてはかなりのスキルが身に付いたと言える水準になります。業務は主に以下のとおりと認識しており、これらを全てこなせるスタッフはバリュエーション部門においても少ないと思います。
FASにおける監査業務の進め方
ステップ1:資料依頼リストの作成と送付
まず、監査対象となる評価書等必要な資料を依頼します。どの業務を依頼されているかによって依頼するものは変わりますが、最初のステップとして検証対象となる書類やプロセスの中で検証することが予め分かっているものを取り寄せます。
ステップ2:検証ファイル作成
評価書類が手に入ったら、EXCELベースで評価書の内容と全く同じコピーを作成します。評価書はPDFベースで提供されるケースが多く、EXCELベースでの開示はされないものと思っておいて間違いありません。そのため、手で数値を転記し、式を埋められる箇所は埋めていきます。この時、「青文字=ベタ打ち、黒文字=式・シート内参照、緑文字=別シート参照」等としておくと後のプロセスが楽になります。
PDF形式の数値を転記するため端数は把握できません。そのため合計値等はズレてきます。
ステップ3:質問書の作成
ステップ2でベタ打ちとなっている部分は、基本的に質問の対象になると思っておいて良い部分です。例えば、取得価額がディスカウンテッド・キャッシュ・フロー(DCF)法により算出されていて、その結果の妥当性を検討する依頼を監査人から受けている場合を考えます。事業計画や貸借対照表等は所与とするため(監査法人側ので検証スコープ)ベタ打ちでも良いのですが、その他評価ロジックはFASでの検証対象であり、基本的にはそのプロセスが説明できなければなりません。この例で、加重平均資本コスト(WACC)の算定条件が不明でベタ打ちとなっていた場合、WACC構成要素の取得方法やβの測定期間、デットの考え方等を質問に落としていくことになります。
ステップ4:監査人への説明
これは必ずしもこのタイミングで必要ありませんが、個人的には実施しておくのが無難であると考えます。評価結果に影響がありそうな論点を予め伝えておくことにより、監査人も心の準備ができますし、監査人サイドでもビジネス観点での質問を追加してくれたりします。FA等他の業務もそうですが、関係者を早い段階で巻き込んでおくことは、その後のプロセスを円滑に進めるためにも有効です。
ステップ5:質問書の送付
FASでの監査業務においては、クライアントフェースしているのが監査法人なので基本的には、FASから監査法人、監査法人からクライアント、クライアントから評価会社というような少々特殊なロジで質問が回付されます。案件によってロジは異なりますので、確認しておく必要があります。
ステップ6:回答の確認
クライアントと評価会社から回答が返ってきたらその内容を確認します。評価上の整理の確認に加え、ステップ2で作成したEXCELファイルを回答ベースで更新し、モデルが回るようにしていきます。ステップ3で説明したWACCの例で説明すると、同じデータベースから同条件で取得しても値が合わないような場合にはその差異について検討し、必要に応じて追加の質問として質問書に落とします。その他評価ロジックが不明確な部分についても同様に質問書に記載していきます。
質問書のやり取りの目安は2~3回程度です。評価書のクオリティが低かったり、不明瞭な論点が解消されるまで許容しないポリシーのマネジャーと仕事をすると、このやり取りはもっと多くなります。
この複数回の質問のやり取りで、ステップ2のEXCELファイルにおける青文字(ベタ打ち)が、監査人スコープ部分(事業計画やその他財務諸表等)以外全てなくなるというのがベストです。しかし、そうなることは少ないため、ステップ7に記載の通り監査上の整理方法を検討していくこととなります。
ステップ7:監査上の整理の検討
FASにて実施する監査業務における整理には、大きく次の3つのパターンがあると認識しています。
以下それぞれのパターンについて解説を入れます。
パターン1
最もすんなり終わるパターンです。監査人に差異のある部分やロジックが不明瞭な部分を説明し、インパクトがそれくらいなら「OK」と言ってもらえれば次のステップへ進みます。貸借対照表や損益計算書に対する許容可能な影響額を予め聞いている場合は、監査人に「評価人の評価結果に問題がなかった」旨だけ伝えて次のステップへ進みます。
パターン2
初心者にはハードルが高いのですが、何だかんだこのパターンが最も多いのではないかと認識しています。監査人と前提条件を握っておき、あとはクライアント向けに取引目的バリュエーションやPPA等を実施する要領で、あくまで「FASプラクティス」を用いてEXCELモデルを作っていきます。合理的に説明可能な範囲で評価人が提出した結果をサポートする、というのがこのパターンにおけるゴールになります。初回質問を投げている間に独立試算モデルを回して検証することも可能なので、慣れてくるとこのパターンが一番楽だったりします。但し、監査人との前提の握り方を間違うと大事故につながるため、試算の前提に係るすり合わせは慎重におこなう必要があります。
パターン3
パターン3はワーストケースシナリオです。こうなると長期の泥沼案件となるため、監査人への報酬交渉が必須となります。監査という業務の特性上、評価人に対して「ここが誤っているので修正してください」といった言い方はできません。あくまで論理矛盾を指摘し、相手に誤りを気づかせて修正してもらうというのがセオリーになります。
一方で、指摘箇所が多い等評価人が未熟である場合、どんなに工夫をしても意図が正確に伝わらないということがあります。おそらく評価人側も何をどうすれば良いのか分からないため頭を抱えているのでしょう。そうなった場合は、クライアント、評価人を含めたミーティングや、評価人との直接のやり取りの中で方向性を示してあげるといったことも必要となってきます。
ステップ8:メモの作成
このステップは監査人に求められた場合に実施するものとなります。FASから提出したメモはそのまま監査調書となり、実施した手続きとFASとしての見解(結論)を記載します。制限事項として、監査人と合意した前提条件も必須であり、ここで不備があると事故に繋がります。諸々結論が出るまで完成しないため最後のステップとして示していますが、案件を進めながら同時にメモを作成していった方が、手続きが漏れないため良いと思います。期限ぎりぎりで手続き漏れが発覚してプチ炎上、というのは時々見かけますので、特に制限事項と実施手続きの部分は本当にその記載でメモに書いた結論を問題なく導けるのか?という観点で、案件を進めながらメモ作成していくのが個人的にオススメです。
「制限事項に記載した内容=監査人にて実施の手続き」、「実施手続きとして記載した内容=FASにて実施の手続き」、という整理となります。どちらにも属さない浮いた論点・手続きがないか注意しておく必要があります。
まとめ
いかがでしたか?BIG4 FASにて実施される監査手続きについて、少しはイメージ持っていただけたのではないでしょうか。冒頭紹介した中で最も初心者向けなものは減損テストで使用する割引率(WACC)の妥当性検討なのですが、監査未経験だと監査的な質問や検証、整理の仕方が全く分かりません。私も過去の成果物を参考にやってみたものの、バリュエーション部門の監査法人出身シニアに「全然できてない。一体何をしてたんだ」と怒られたり、ということもありました。実際やってみないと何とも、というところではありますが、FASで監査関連業務に関与される方は当記事の内容を参考にしていただけたらと思います!
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以上です!
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