バリュエーション実務:類似上場企業の選定プロセス

FAS実務

バリュエーションのアプローチには大きく3つのアプローチがあります。このうち、インカムアプローチとマーケットアプローチにおいては類似上場企業の選定が必要となるケースがあります。バリュエーション実務上よく利用されているディスカウンテッドキャッシュフロー(DCF)法や株価倍率法(マルチプル法)においては、類似上場企業の選定は必須のプロセスであり、フィナンシャル・アドバイザリー(FA)業務やバリュエーション業務に従事される方は避けて通れないプロセスだと理解しています。そして何よりこの類似上場企業の選定プロセスは、価値算定結果に大きな影響を及ぼすため、安易に終わらせることができない非常に重要なプロセスになります。

今回は、そんな重要度の高い類似上場企業のプロセスについて解説してみたいと思います!

M&A実務者必見:類似上場企業の選定プロセス

答えのない世界

大事なことなので申し上げおきますが、類似上場企業の選定に「正解」は存在しません。これから解説するプロセスも、必ずしも世の中の全ディールにおけるベストプラクティスではありません。大事なのは、最終的に選定された類似上場企業が評価対象会社と類似していること、それらの選定プロセスが合理的に説明可能なものであることの2点です。これらが達成できるのであれば、どんな方法でも良いということになります。

人によって選定のお作法が異なる部分もありますが、ここは必ず確認しておくべき、という点はピックアップしていきますので、実務において参考にしていただければと思います。

類似上場会社の選定ステップ

ステップ1:評価対象会社の理解

類似上場企業の選定をお願いすると、いきなり評価対象会社の業界を見てロングリストを作成しにかかる人がいます。指示されてすぐ動くという姿勢は評価しますが、アプローチとしては不合格です。類似上場企業を選定する際、まずやるべきは評価対象会社の理解です。

このステップで確認しておきたい内容については以下の通りです。インカムアプローチにおいて算定する加重平均資本コスト(WACC)の計算要素の1つに「β」がありますが、βは類似上場会社のデータに基いたものを使用します。βを因数分解すると、ビジネスリスクと財務リスクに分けることができるため、類似上場企業選定の観点として、この2つの切り口で分析・理解することを私はオススメしています。

ビジネスを知る
  • 事業内容(B to B・B to C、製造販売・卸等)
  • 所属業界(業界における位置づけ、競合)
  • 商流(仕入先、販売先の業界等)
  • 事業ポートフォリオ(各事業の売上構成比)
  • ビジネスを展開している主要な国
財務状況を知る
  • 売上高、利益水準、時価総額(非上場の場合、純資産額)
  • 資本負債構成比
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ステップ2:ロングリストの作成

対象会社について理解したら、次はロングリストの作成に移ります。網羅性を担保するために業界を幅広く取ることも重要ですが、広く取り過ぎると収集がつかなくなるので、ステップ1をしっかりやって、業界を絞り込めるようにしておきましょう。

ロングリストの作成は、実務上SPEEDAやS&P GlobalのCapital IQ等のデータベースを使用して、機械的に抽出することがほとんどです。ロングリストの段階で何社くらいが妥当なのか?と聞かれることがあります。別に時間があるならば何百社でも良いのですが、現実的なところとして200社程度が上限だと考えます。

ステップ3:機械的なスクリーニング

ロングリストを抽出したら、まずは切れるものから切っていきます。例えば対象会社の売上規模が100億円くらいなのに対して売上高1兆円以上規模の類似上場会社が選定されるのは違和感があるというのはご理解いただけると思います。もちろんこのスクリーニングは時価総額をベースにしても良いですし、どっちがより優位ということではないと認識しています。その他にも、マーケットが成熟していないような国や主要な製品群が異なる等の理由でバサバサと外していけるものもあると思います。いくつかの軸を設けて機械的なスクリーニングをしていくことにより、次のステップ4の工数を省力化することが可能になります。

ステップ4:詳細なスクリーニング

ステップ4では、ステップ3で残った類似上場企業について1つ1つ「Business Description」やホームページ、決算書、財務データ等を見ながら精査していくプロセスになります。人によって成果がバラバラになるので、指示した側はレビューに苦労することがあるフェーズです。なので自身が作業する側の場合は、リストから除いた理由や、逆にリストに残した理由等を明記しておきましょう。そうしないとレビューだけでなく、報告の際クライアントにも何故その類似上場企業が選ばれたのかという部分を説明できなくなってしまいます。

このステップ4で必ず確認しておきたい点は以下の通りです。

主要事業が対象会社事業と類似しているか

ステップ2のロングリスト作成においてはデータベースを利用しますが、その際に抽出される会社の中には、対象会社との類似事業について全体売上の数%しかやっていないような会社まで含まれてくる可能性があります。全体の何%だと正解というものではありませんが、評価対象会社との類似事業の売上割合が低い企業は、ビジネスリスク・財務リスク共に異なる可能性が高いので外すようにしましょう。

販売先の業界が対象会社と同じか

特にB to Bのビジネスで論点になってくるのですが、作っている製品が同じでも製品供給先の業界が異なるということがあります。例えば金型を例にとると、対象会社がその製品を自動車業界に供給しているのか、医療業界に供給しているのかでそのビジネスリスクは異なってきます。自動車業界の景気に左右されるのか、医療業界の景気に左右されるのかで、そのビジネスリスクが異なるというのは、感覚的にも理解できると思います。見落としがちですが、そういうところも注意して見ておく必要があります。

親子上場の子会社に該当しないか

日本の会社を見る場合に特に要注意なのですが、日本においては親子上場している会社が少なくありません。近年それを解消する動きがありますが、まだまだ完全解消には程遠い状況です。親子上場している場合の子会社の株式は、その流動性が低くなっている可能性があり、統計値としてβが有効なのかという部分は株価の推移などを見て必ず確認しておく必要があります。

他の類似会社と著しく乖離した資本負債構成の会社がないか

資本負債構成についても必ずチェックしましょう。資本負債構成が他の類似上場企業と著しく乖離しているものについては、何故そのような資本負債構成となっているのかという部分を確認しておく必要があります。資本負債構成に違和感があって、よくよく見てみるとビジネスモデルが違った、なんてことも実際あります。

ステップ5:クライアントによるチェック

最後にステップ5です。これはアドバイザーが類似上場会社を選定しているケースに限りますが、アドバイザーよりもクライアントの方がビジネスについて詳しいことがほとんどです。「類似性が高いと考えているもの」と「類似性がある程度あると考えているもの(微妙なもの)」については、クライアントの認識と齟齬がないか必ずリストを見てもらってチェックするようにします。数字が出た後で選定類似企業に物申すクライアント担当者もいたりするので、合理的な理由での選定を担保するためにも、早い段階である程度握ってしまうことが重要です。

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まとめ

いかがでしたか?FAS入社後すぐのFA部門やバリュエーション部門のスタッフは類似上場企業の選定をお願いされるケースもあると思います。私自身もジョインしてすぐの頃はよくスクリーニングをお願いされていましたし、今では新人スタッフによくお願いをしています。これまでで最も衝撃的だったアウトプットは、ロングリストの企業が全て消されて提出されてきたことです。上記ステップ1と2までコンセンサスを得ながら一緒にやったのに全消去はもう笑うしかありませんでした。この例のように、一つの軸でしか見ていなかったりすると、ロングリストから全ての企業が消えてしまうこともあります。類似上場企業の選定は様々な視点を持って実施する必要があるので、上記のステップを参考にしながら実務に臨んでみてください!

以上です!

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