加重平均資本コスト(WACC: Weighted Average Cost of Capital)を算定する際に、その算定過程において株主資本コストが必要となります。実務上、この株主資本コストはCAPM理論に基づいて算定されることが一般的です。
CAPM理論に基づく株主資本コストの算定方法
株主資本コスト=リスクフリーレート + β × エクイティリスクプレミアム
ここではエクイティリスクプレミアムを、リスクフリーレートに対して追加的に発生するリスクプレミアムとして定義しています。
エクイティリスクプレミアムの情報ソース
今回当記事を書こうと思った背景として、実務経験者でないとWACCの構成要素をどこから引っ張ってこれば良いのか知らない場合が多いということです。
BIG4 M&Aアドバイザリーファーム(FAS)でM&A業務に従事しているとクライアントや監査人から、WACC算定に使用するこの要素はどこから引っ張ってこれば良いですか?という質問を受けることが多くあります。特にエクイティリスクプレミアムに関する問い合わせは多く、ファームの構成員としてはファームポリシーに則ったエクイティリスクプレミアムをお伝えせざるを得ないのですが、その算定根拠がファームポリシーで開示されていなかったり頻繁に見直しされるようなものではないなど、質問者としては納得のいかない部分も多々あると理解しています。
また、会計事務所として独立してバリュエーション業務を請け負っている法人もありますが、中には独自に算定したエクイティリスクプレミアムを使用されているところもあります。しかし、算定ロジックが不明瞭又は誤りがあるなどで監査で引っかかることも多く、算定の労力に見合った結果が得られないケースも見受けられます。
エクイティリスクプレミアムの算出方法については以下をご参照ください。監査に耐え得る信頼性の高いデータソースを用いて算定しています。
有料ソースからの取得
最も簡単かつ実務に耐え得るエクイティリスクプレミアムの取得方法はデータを購入することです。Ibbotson AssociatesとDuff & Phelpsからヒストリカルのエクイティリスクプレミアムを購入することが可能です。
ヒストリカルのデータとは、その名称のとおり過去の実績データに基づいて集計されたデータとなります。他にもマーケットの予測データに基づく算定方法等がありますが、アプローチによってその値が否定されるものではないため、ヒストリカルのデータで特段問題はないという理解です。監査人がアプローチを理由として否定したケースは、私は見たことがありません。
無料ソースからの取得
アドバイザーや評価人としてディールに関与する場合、無料ソースの利用は推奨されませんが、クライアントサイドで「とりあえずのWACCの目線を知りたい」という場合や監査人やクライアントサイドで「減損テストに使用するWACCを事前に持っておきたい」という場合の使用はアリだと思います。
Damodaran Online
バリュエーションの世界で有名な教授がいらっしゃいます。ニューヨーク大学でファイナンスを教えるダモダラン(Damodaran)教授です。彼は、ファイナンス関連の統計データを「Damodaran Online」というホームページ上で公開しています。
当該ホームページ上においては、各国のエクイティリスクプレミアムを取得することが可能です。
では早速取得方法を見ていきましょう。
ステップ1:Damodaran Onlineにアクセスしたら、Dataをクリックします。
ステップ2:「Current Data」もしくは「Archived Data」を押下
ステップ3:「Risk Premiums for Other Markets」を押下(Downloadを押すとExcel形式でDownloadできます)
ステップ4:該当の国のエクイティリスクプレミアムを確認
2020年7月1日時点のデータでは、日本のエクイティリスクプレミアムは6.26%だと分かります。
ダモダラン教授のホームページから取得できる各国のエクイティリスクプレミアムは米国のマーケットを基準にして作成されています。そのため米国以外のエクイティリスクプレミアムを使用する場合、そのままこの数値を利用することは厳密には正しくありません。但し、上記したようなWACCの目線感を知りたいという趣旨であれば、当該ホームページの数値をそのまま使用しても問題ないでしょう。
まとめ
いかがでしたか?エクイティリスクプレミアムの取得方法についてご理解いただけたでしょうか。無料ソースの利用については、あくまでWACCの目線感を把握するという趣旨で利用する場合に、ダモダラン教授が公開しているデータをそのまま使用することができるよ、という形でお伝えしました。
他にも、エクイティリスクプレミアムに関する記事を書いています。
合わせてご参照ください!
以上です!
コメント
大変勉強になる記事をありがとうございます。勉強不足で申し訳ございませんがお教えいただきたいことがあります。エクイティリスクプレミアムからリスクフリーレートを引いたものがマーケットリスクプレミアムで、βはこのマーケットリスクプレミアムを補正するものではないでしょうか。そのままこの数値を利用することは厳密には正しくありません。という記載はこの点を指しているのでしょうか。よろしくお願いいたします。
ご質問ありがとうございます。補足が不親切で混乱させてしまい、申し訳ございません。
“そのままこの数値を利用することは厳密に正しくない”と書いたのは、Damodaran氏のERPがUSD建てであるためです。例えばJPY建てのWACCを計算しようと思うとJPY建てのERPを参照する必要があります。仮にDamodaran氏のERPデータを参照する場合、為替調整をおこなって使用しないと事業計画との間に不整合を起こしてしまうことになります(事業計画がJPYベースで作成されている場合)。