BIG4系のM&Aアドバイザリーファーム(FAS)においても働き方改革が進んでいる、という話をどこからか聞いて「それならFASに挑戦してみよう」という人も出てきていると認識しています。
一方、「FASの働き方改革」は思ったほど進んでいないのでは?という中の人の意見もあり、世間で言うところの「働き方改革」とはギャップがあるのではないかといった指摘も聞こえてきます。
いろんな情報が流れていて「実際どうなの?」と気になっているFAS志望者も多いことでしょう。良い機会なので、私自身も筆を進める中でFASの働き方改革について考えてみたいと思いました。あくまで一個人の見解に過ぎませんが、ぜひ参考にしてください。
FASの働き方改革が進まないワケ
数年前よりは改善している
あたかもFASで働き方改革が進んでいないようなタイトルとしていますが、私自身はFASの働き方改革は少しずつ進んでいるものと認識しています。
私がFASにジョインした頃は、ちょうど監査法人で働き方改革の運用がされ始めた時期だったと記憶しています。FASで働き方改革が意識されているような気配は、少なくとも私は感じることがなく、当時は残業時間が月200時間を超えるようなスタッフもいました。
その頃と比較すれば、長時間労働を是正する流れに変わってきていますし、36協定の範囲内に労働時間を収めることは確実に意識されるようになっています。36協定の遵守はあくまで表面上であって実態とは異なるという指摘があることは認識していますが、たとえ表面上であっても、ここ数年でその意識度合いが高まってきたことは、個人的にはポジティブなこととしてとらえています。
働き方改革が進まないワケ
上述のとおり「FASにおいて働き方改革がまったく進んでいないわけではない」というのが私の見解です。FAS在籍者で私と同じ認識の人がいることも確認できています。しかしながら「働き方改革が進んでいる」と聞いてジョインした職員の中には、FASの働き方改革について期待を著しく下回る水準だったと感じる人もいます。では、どうしてそういったギャップが生まれるのでしょうか。
原因は大きく2つあると思っていて、1つは業務性質上の問題、2つ目は求職者側の問題です。これらは別々ではなく複合的に考えるべきものとしてとらえています。
原因の具体的内容に触れる前にもう少し話を整理したいのですが、FASの業務にはその性質上働き方改革が浸透し得ない(しづらい)部分があり、その部分までホワイト化が実現されると考える求職者(あるいは職員)が存在することによって「働き方改革が進んでいない」という意見が出てきているのだと考えています。では、働き方改革が馴染まない部分はどんなところなの?という内容に移っていきましょう。
クライアントファーストな仕事
多くの方が認識されていると思いますが、FAS等のアドバイザリー及びコンサルティングファームでは、スタッフがデリバリーで管理職以上が営業をするという役割分担となっています。実際には、管理職になってすぐに案件獲得することは難しいため、マネジャーにプロモーションして間もない人はデリバリーをしながら案件獲得を模索していくことになります。話が逸れましたが、営業が業務の中心になる管理職以上の人間からすればクライアントの要求・期待値を満たすことが最優先事項であり、デリバリー人員のケアは二の次となります。
そんなことを言っているから人がついて来ずに辞めるんだ、というスタッフの声はあるものの、BIG4クラスにもなると人はたくさん入社してきます。一定のバリューが出せるスタッフになるためには一定の時間が必要となるわけですが、たとえスキルが不十分であっても時間をかければ一定の品質には到達するものです。業務の熟練度が高い人が1時間で終わらせる仕事について、必要水準未達の人が同じアウトプットを出すとしたときに3時間かかる場合があるわけですが、逆に言えば、案件獲得した管理職からしてみると同じアウトプットをクライアントに提供できれば良いわけなので、業務習熟度が不十分なスタッフを3時間働かせれば良いという発想になります。「クライアントのため」という大義名分があり、かつファームの収益にもつながるわけですから、パートナー陣も「スタッフが疲弊しているから品質を落としなさい」とはならないわけです。
BIG4 FASへの入社は、平凡に生きてきた人間からしてみれば簡単なことではありません。組織拡大に伴い入社ハードルが下がってきているという話もありますが、世間的に優秀とされる人が入社しています。なんらかの強みがある、あるいはこれまで何かを成し遂げてきた自負がある人が多いと思います。そういった方には酷な話ですが、FASのスタッフは代替可能な人材として管理職以上からは映っているように思います。「1時間でできないなら3時間、3時間でできないなら6時間作業してもらえば良い。クライアントのためだから」ということです。
上の職位の人ほどクライアントと対面する機会が多く、それゆえスタッフ層以上に「クライアントファースト」を意識することになります。彼らが職責を果たそうとすると、どうしてもクライアントへのサービス提供がまず第一となり、そのためのスタッフへの負荷が避けられない場合もあるということです。
FASで求められるマインド
ここまで読んでいただいて、働き方改革が進まないのは管理職以上が悪いのだという印象を受ける方もいるかと思います。実際には業務性質上の話であって、必ずしも管理職以上が悪いわけではないのですが、そのようにとらえるスタッフがいても仕方がない部分もあるでしょう。
さて、ここからは少し違った切り口で見てみましょう。これまではどちらかというと管理職側の事情に関するお話でしたが、スタッフが主な担い手となるデリバリー観点でも書いてみたいと思います。
プロフェッショナルファームでのデリバリーにおいて必要なマインドの一つに「ラストマンシップ」があります。私はこのラストマンシップを「関与している案件は自分の案件として、何があっても最後まで面倒を見続ける」ことだと認識しています。つまりは、関与案件で何かが起こったら原則として仕事を優先し、炎上や遅延の際にはそれが鎮火あるいは正常な進捗状況に戻るまで業務にコミットすることを指します。コミットの基準は時間ではなく成果なので、案件で生じた問題が解決するまで...たとえそれが深夜労働や休日労働になろうとも働くということです。
もちろんチームで案件を回すことになるので各々のメンバーの役割は異なります。1年目スタッフが案件の全責任を取るようなチームアップには通常なり得ません。よって自身に与えられた役割を最後まで全うしているか、ということがラストマンシップ発揮有無の判断ポイントとなります。
働き方改革が世間に浸透する前から企業戦士としてFASで働いてきた世代の方たちは、おそらく「ラストマンシップが当たり前」という感覚でやってこられたと思います。そういった世代の人が今のFASを支えている以上、スタッフに対する評価には業務への態度が含まれてくることでしょう。結局この「態度」は業務への直接的なコミットメントとその結果にも表れてきますので「ラストマンシップ」をもって仕事をしている人は評価されやすく、プロモーションもはやくなります。そうして営業人員として組織を支える一員となっていく...そうなると、世代が交代しても基本的な思想は変わらないことになります。
何が言いたいかというと、働き方改革あるいは働き方の多様性を盾に「ラストマンシップ」を放棄する人は評価がされづらく、一方で爆速で昇進したい人、圧倒的成長をしたい人は自然と「ラストマンシップ」をもって仕事をすることになり、そういう人が肯定される組織風土が今後も継続することが想定されるということです。
求職者側の問題
FASという組織が無形のサービスを提供するサービス業の域を出ることはないでしょうから「クライアントファースト」がなくなることはないでしょう。また、クライアントファーストな仕事である以上「ラストマンシップ」が軽視されることもないと想定されます。つまりはこれらを劣後させて働き方改革が進むことは考えづらいということです。そういった状況に対して、求職者の認識が至っていない可能性があることは先に指摘したとおりです。ただ、入社してみないと分からないことも多いので、この点について求職者が一方的に責められるものでもないでしょう。
ここで考えたいのは、どうしてFASの環境に適応できる人とそうでない人が出てくるのか?という疑問です。入社時点の価値観の違いだろと言ってしまえばそれまでなのですが、プライベートを一定程度重視する価値観を持ったまま働き続ける人がいることもまた事実としてあります。
加えて、個人的に面白いと思った”X”上の投稿で、BIG4の働き方に関して不満を漏らしている人はUSCPA(米国公認会計士)ホルダーに多いといった趣旨のものがありました。これは上記の疑問を考える上でのヒントになり得るでしょうか?
そもそも「FASで働き方改革が進んでいない」とする声が頻繁に聞こえるようになってきたのは感覚的にごく最近だと思っているのですが、この点については①FASが働き方改革を推進している旨をPRするようになったこと、②組織拡大に伴い門戸が広がって多様な人材が入社するようになってきたことが要因と考えられます。私が入社した頃は今ほど人材の多様性は見られず、大別して監査法人出身者、証券等金融機関出身者で構成されているような状況でした(これは部門によるとは思いますが)。ほとんど専門職種経験者で構成されていた組織だった頃は、業務性質上激務になる点について一定の理解を示す人が多かったと思われます。なんらかギャップを感じることがあっても、彼らはすぐに適応できたのではないでしょうか。
それが今や様々なバックグラウンドを持った人が在籍しています。前職でFASと実務関連性が低い業務に従事していた人だとUSCPAホルダーが多いように思います。全員がそうではありませんが、毎日定時に近い時間あるいは2~3時間程度の残業で帰宅しコツコツ勉強した結果としてUSCPAの全科目合格を果たした人もいます。そうした人からすれば、FASの環境は過酷だろうと推測します。アンコントローラブルな時間が圧倒的に増加し、案件の状況は目まぐるしく変わり自分のペースで仕事を進めることは特にスタッフの間は困難です。
更に、前職が実務関連性の低い職種だとすると、基本的なExcelや資料作成スキルも例えば監査法人出身者には劣るでしょう。基本スキルを有する人が1時間で終わる仕事も、そうでない人だと3時間もしくはそれ以上かけなければ終わらないかもしれません。一定のクオリティまでは到達させる必要があるわけですから、スキルの不足分は時間でカバーするしかありません。これが長時間労働につながってきます。どの案件も余剰人員が発生するようなチームアップにはならないため、他のメンバーが助けてくれることはありません。仮に仕事を巻き取られることがあるとすると、次まともな案件にアサインされる可能性は低くなるでしょう。これらを実務を通して目の当たりにし、絶望した人が「FASの働き方改革、全然進んでないじゃん!」と叫ぶことになるのかなと推測しています。
FASにおける働き方改革の折衷案はどこか
冒頭書いたとおり、私も働き方改革導入期のFAS入社ということもあって、「能力がないなら時間で解決するしかないよね」という考えを持っていますし、自身もそうやってなんとかクライアントに出せる水準の成果を維持してきました。そうは言っても、FASが人材の多様性を受け入れられる組織にはなって欲しいとは思っています。じゃあどうすれば良いか?構成員が目指すところと組織が目指すところに分けて書いてみましょう。
まず構成員が目指すところとしては「代替可能人員からの脱却」でしょうか。簡単に言えば「お前がいなくなったら困る」と言ってもらえる人材になることです。そのように思う対象は多くなくて良いと思います。特定の上司1人でも良い。ただそこまでは頑張ろうよという話です。そういう人材になって初めて組織との交渉力が手に入れるからです。FASも会社です。組織に対して一定の貢献がある人を簡単に手放すようなことはしません。
組織としては一定の組織貢献を果たしてきた人に対し、ライフステージに応じた働き方の多様性を認めることでしょうか。ただこれは着々と進んでいるように感じていて、それをもってFAS各社は「働き方改革を進めている」と言っているのではないかと思っています。業務性質上の制約がある以上、これが組織としてできる精いっぱいのことではないかと思います。
まとめ
当初想定していた以上に長い記事となってしまいました。ポイントとしては、
の3点です。FASの働き方改革についてはいろんな意見があると思います。本記事の内容も参考にしながら、皆さんも考えてみてください。
他にもワークライフバランスに関する記事を書いています。良かったら読んでみてください!
以上です!
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