WACC算定:デットの取扱い(ネットorグロス)

FAS実務

加重平均資本コスト(WACC)を算定する際、算定要素であるデット(有利子負債)をネットデット(純有利子負債)として取り扱うかグロスデット(総有利子負債)として取り扱うかという論点があります。本日はこの論点について解説してみたいと思います!

ネットデットとグロスデット:より価値が出るのは?

ネットデットとグロスデット、どちらで計算した方が価値が出るのでしょうか?価値が出るWACCとはつまり、低いWACCであるということです。どちらのデットの考え方がより高い価値を実現できるのかという話へ行く前に、WACCの構成要素について少し見てみましょう。WACCの計算式は以下のとおりです。

WACC = 株主資本コスト × 資本比率 + 負債コスト(節税効果考慮後)× 負債比率

株主資本コストと負債コスト:どちらが高い?

結論から書くと株主資本コストの方が、負債コストより高くなります。

株主が期待するリターンには大きく2つあり、インカムゲイン(配当)とキャピタルゲイン(株式上昇益)の2種類があります。前者は会社の業績が悪化すると得られない可能性があり、後者は株価が上昇しなければ利益が得られないだけでなく、元本を割る可能性があります。当然株主はこのリスクに見合うリターンを求めます。この期待リターンは会社から見た場合にそのままコストとして考えることが出来ます。

一方、債権者(銀行等)が求めるリターンは、借入に対する利息分です。借入に係る利息は契約等で定められており、株主への配当支払よりもその支払が優先されます。損益計算書で考えていただければ分かりやすいと思いますが、株主に配当される配当金の原資は税後利益であるのに対し、金融機関に対する利息は営業利益から控除されます。このことからも、債権者がリターンをとりっぱぐれるリスクは株主より低いと理解いただけると思います。

更に、負債コストは節税効果を取ることが出来ます。これも損益計算書を思い出していただければ理解がスムーズです。支払利息はコストなので利益を下げる効果がありますから、利益の減少分に税率を乗じた分だけ支払う税金を減らすことが出来ます。WACC算定に使用する負債コストは、この節税効果考慮後の負債コストになるため、上で株主資本コストよりも低いと書いた負債コストより、更に税金分だけ低いコストとなります。

少し前置きが長くなりましたが、株主資本コスト>負債コスト(節税効果考慮後)という関係性となることはご理解いただけたかと思います。

この2つのコストを、資本負債の比率を利用して加重平均するので、当然負債比率が高ければ高いほどコストが低い負債コストがより高い割合で計算に取り込まれる形とな、WACCを下げる効果があるということです。

WACCが小さくなるデットは?

デットの話に戻りますが、ネットデットとグロスデット、どちらが投下資本に対する負債の割合を高めるでしょうか。ネットデットはグロスデットから、例えば換金性の高い純投資目的の有価証券や余剰の現預金を除いたデットです。なので、グロスデットの方がネットデットよりもその金額は大きくなります。

したがって、グロスデットを採用した方が負債比率は高くなり、最終的に算出されるWACCは小さくなります。つまり、グロスデットを採用した場合の方が価値が出るということです

ネットデットとグロスデット:どちらが正しいのか?

実は、この議論に正解はありません。つまり、どちらが正しいということは言えないのです。実際BIG4各社でも取扱いはバラバラです。PwCとEYはグロスデット、KPMGはネットデット、Deloitteは両方許容している印象です。

ネットデットとグロスデットの考え方についてもう少し見てみましょう。

ネットデットで整理する場合とグロスデットで整理する場合ではそれぞれ類似上場会社の貸借対照表上のキャッシュライクアイテムに対する考え方が異なっています。

ネットデットの場合は、類似上場会社の貸借対照表上の現預金等はすべて余剰キャッシュとして見るのが実務上一般的です。売上債権回収で得られるキャッシュで支払債務の払いを賄うことができており、事業運営上最低限必要なキャッシュは貸借対照表上の現預金の中には含まれていないという整理です。

一方グロスデットは、類似上場会社の貸借対対照表上の現預金等はすべて事業運営上最低限必要なキャッシュであり、余剰な資産はなくすべて事業の用に供しているという前提に立っています。

まとめ

最後に私の考えを記載してみたいと思います。あくまで一般論的なお話になりますが、日本の会社の貸借対照表上の現預金には、余剰キャッシュが含まれているケースが多いと認識しています。一方、海外企業ではこの傾向は薄いように思います。つまり、日本企業に対してはネットデット、海外企業に対してはグロスデットを使うのがより実態に即しているのでは?とこれまでの経験をベースに考えています。ファームに所属する以上、そのファームのポリシーに従う必要がありますが、当記事を読んだ皆さんも是非一度考えてみてください。

以上です!

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