2020年9月29日付で公表されたNTTによるNTTドコモの株式公開買付け(TOB)(以下、「本件ディール」と言います)が注目を集めていますね。
このディールは、NTTが既に60.21%の株式を保有しているNTTドコモを、100%子会社化することを目的としています。つまり、残りの33.79%のNTTドコモ株を取得する必要があるということです。
結果的に1/3を超える上場会社株式を保有することとなる市場外の買付けは、金融商品取引法上「TOB」により実施することが求められています。今回はこれに該当するため、TOBという手法が採られています。
本件ディールのTOB価格は、1株当たり3,900円であり、これは9/28のNTTドコモ株の終値である2,775円に40.5%のプレミアムを乗っけた価格となっています。この40.5%はマーケットの目線に対して乗せられたもので、TOBプレミアムと一般的に呼ばれています。
当記事では、このTOBプレミアムをバリュエーションのアプローチと絡めてみていきたいと思います。
バリュエーションアプローチとTOBプレミアム
以下の記事でも触れましたが、バリュエーションのアプローチは大きく3つあり、実務上よく利用されるのはマーケットアプローチとインカムアプローチです。
上場会社株式の株式価値評価に伴い、一般的に採用される手法としてマーケットアプローチであれば株価倍率法と類似会社比準法(マルチプル法)があります。また、インカムアプローチについてはDCF法が用いられます。本件ディールにおいても、この3つの手法により算出された価値を参考にTOB価格が決定されています。
本件ディールのプレスリリースを読んでみると以下のように記載があります。
当該価格が、(中略)市場株価平均法及び類似会社比較法による算定結果の範囲を上回っており、また、ディスカウント・キャッシュ・フロー法(以下「DCF法」といいます。)による算定結果の範囲内である
日本電信電話株式会社2020年9月29日付プレスリリース:「株式会社NTTドコモ株式等(証券コード 9437)に対する公開買付けの開始及び資金の借入れに関するお知らせ」
本件ディールの各評価手法の価値レンジをフットボールチャートを使って示すと以下のようになります。

マーケットアプローチである市場株価法と類似会社比準法が、インカムアプローチであるDCF法より低い価格レンジに位置しています。この関係性は、バリュエーションの理論上「正しい」関係と言えます。
その理由を以下に解説します。
マーケットアプローチで算定される価値
マーケットアプローチはその名のとおり、マーケット情報によってその価値が決まってきます。ではマーケットで取引する人は主にどんな人なのでしょうか。本件ディールにおいては、NTTが保有する60.21%を除き、ほとんどが発行済株式総数の3%にも満たない少数株主(マイノリティ)です。
マーケットの価格は、実質的な支配権を有さない、このマイノリティの取引によって決定される価値になります。
インカムアプローチで算定される価値
一方で、DCF法に代表されるインカムアプローチで算出される株式価値は、評価対象事業全体のキャッシュフローを保有することを前提とした価値になります。
インカムアプローチにおいては、評価対象会社に帰属する事業価値だけでなく、非事業用資産やデットも全て考慮されますが、例えば非事業用資産の処分等、実質的な経営権を保有している場合の価値が算出されます。換言すると、コントロールプレミアムが考慮された価値ということになります。
市場株価にアドオンされたプレミアムの整理
本件ディールにおいては100%の株式取得なので、価格目線としてはインカムアプローチにより算定された価値が優位に参照され、それはすなわち(概念上)マーケットアプローチにより算出された価値+コントロールプレミアムの価値となります。
逆に、マイノリティ出資をするケースにおいては、マーケットアプローチの方が理論上参照の優位性が高いと言え、インカムアプローチを用いる場合には、算出した株式価値からマイノリティディスカウントとしてコントロールプレミアム分を控除してあげる必要があります。
マイノリティディスカウントを実務上考慮する場合に参照するのが、公開企業を対象としたTOB案件におけるTOBプレミアムになります。
本件ディールにおいては、NTTが既にNTTドコモを6割以上保有しており、コントロール(支配権)を有していると言えます。なので、市場株価に乗せられているプレミアムがコントロール分の価値であるという説明は、もう既にコントロールを有している以上辻褄が合いません。
したがって、「コントロールプレミアム=TOBプレミアム」とするのは厳密ではありませんが、実際にどう切り分けるのかというロジックが確立されていない以上、バリュエーションの実務においてはそのような整理で差しつかえないという理解です。
まとめ
以上の内容をざっくりまとめると以下のとおりとなります。

いかがでしたか?バリュエーションアプローチとTOBプレミアムの関係性について、ご理解いただけたでしょうか。当記事の内容は、バリュエーションを考える際にしっかり押さえておくべき論点となります。
また、M&A業務に従事しない方についても、今後新たな視点を持ってM&Aニュースを楽しむことが出来ると思いますので、当記事の内容を役立てていただけると幸いです。
以上です!
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