今回は、PPA(取得価額配分)の無形資産価値評価のアプローチの1つ、多期間超過収益法(インカムアプローチ)における期待収益率の設定方法について書いてみたいと思います。評価アプローチについては以下の記事を参考にしてください。
また、当記事の内容は以下の記事で触れた内容と密接に関わってきます。PPAの無形資産価値評価における加重平均資本収益率(WARA:Weighted Average Return on Assets)と加重平均資本コスト(WACC:Weighted Average Cost of Capital)の関係性について理解があいまいな方はこちらもご参照ください。期待収益率の設定に関するお話はこの辺りと密接に絡んでくる内容となります。
PPA実務者必見:超過収益法における期待収益率の設定方法
期待収益率設定の基本ルール
上で紹介した記事でも触れていますが、重要な部分なので少し丁寧に説明を入れていきたいと思います。まず、実務上期待収益率が必要となる項目ですが、主に以下の5項目となります。
運転資本と有形固定資産については、貸借対照表上の資産に対応する負債項目を相殺させた額を利用するため「ネット」という記載を付しています。
期待収益率の原則ルールとしては、「ネット運転資本 < ネット有形固定資産 < 人的資産 < 無形資産 < のれん」の順となるように設定していきます(下図参照)。一方で、ただ単にこの順番になっていれば良いというものではありません。最終的に「WARA = WACC」が成り立つような期待収益率設定である必要がありますし、それぞれの期待収益率の設定水準について合理的に説明できる必要があります。

期待収益率設定方法
運転資本・有形固定資産の期待収益率設定
運転資本と有形固定資産に設定する期待収益率の水準について、「M&A無形資産評価の実務第3版」には次の通り書かれています。
実務上では、運転資本に対する期待収益率は短期プライム・レート、有形固定資産に対する期待収益率は長期プライム・レートを参考にして設定することがある。
M&A無形資産評価の実務第3版 286頁
10年前であればこの方法が実務的に利用可能だったかもしれません。しかし少なくとも日本においては、ここ数年この方法が使えなくなっています。次のグラフを見てください。

※縦軸の単位は%
一目で分かると思いますが、長期プライムレートの水準が短期プライムレートの水準を下回っています。これをそのまま使用すると期待収益率に関して「ネット運転資本 < ネット有形固定資産」が成り立ちません。
「運転資本と有形固定資産に設定する期待収益率の水準について、書籍に短期・長期のプライムレートを使用すると載っていたためその水準を参考にした。一方、短期・長期のプライムレートの水準が逆転していたので、短期プライムレートの水準に1.0%上乗せしたものを有形固定資産の期待収益率とした。」
原文そのままではありませんが、こんな形で説明してきた評価会社がありました。このような回答では、当然監査上許容できません。なので上乗せされた「1.0%」の根拠を尋ねましたが、合理的に説明できる材料を彼らは提示することができませんでした。それはただ単純に「ネット運転資本 < ネット有形固定資産」が成り立つように「1.0%」乗せただけだったからです。理論を正しく理解していれば、〇%と上乗せしようという発想にはならないはずです。
流石にそこまでは言いませんでしたが、超過収益法モデルがまともに回せないのであれば、PPA業務を受注すべきではないと思います。中途半端な知識や経験しか持たずに受注して監査で引っかかり、結局クライアントに迷惑をかける評価会社が最近増えているように思います。

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運転資本・有形固定資産の実務的な期待収益率設定
理論を正しく理解していれば、短期プライムレートにいくらか上乗せをして有形固定資産の期待収益率にしようという発想にはならないと上で書きました。次の図をご覧ください。
人的資産の期待収益率設定
人的資産の期待収益率に関して、実務上は対象会社のWACCと同等という形で整理するのが一般的です。
無形資産・のれんの期待収益率設定
無形資産とのれんの期待収益率については、人的資産の水準に何%か上乗せすることで設定していきます。WACCとWARAが均衡する水準であることと「ネット運転資本 < ネット有形固定資産 < 人的資産 < 無形資産 < のれん」の順序が守られていれば特に問題になることはありません。無形資産が複数ある場合については、その無形資産の耐用年数等を参考にその上乗せ%を決定していきます。一般的に、耐用年数の長い無形資産の方が、その期待収益率水準は高くなります。
まとめ
超過収益法における期待収益率の設定は、フローから貢献資産分を除くキャピタルチャージのところにインパクトしてきます。将来期間に渡って継続的に効いてくる部分なので最終的な無形資産の金額にもそれなりに影響があります。ですので、監査する側の立場に立つと厳格に見るべきポイントであり、評価人の理解が甘いと評価全体に対する厳しさのレベルも引き上げざるを得ません。そうなると長期戦になりクライアントからの信用が失墜するだけでなく、評価人としてのマーケットにおける価値も毀損しかねないので、上記の内容はPPA実務者であればしっかり理解しておきたいところです。

他にも超過収益法に関する記事を書いています。
良ければご参照ください!!
以上です!
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